●トランプ報復関税発表の「開放の日(Liberation day)」からのゴールドの動き
今年前半のゴールドの騰勢は、過去40年近くゴールドマーケットを見てきた筆者ですら記憶にないほどのものでした。年初の2,600ドル台前半から始まり、4月22日には3,500ドルを付け、5ヶ月もたたない間にほぼ900ドル、35%もの急騰になったのです。そしてその急騰に油を注いだのが4月2日のトランプ報復関税の発表でした。発表直後、株価は急落、ドルも売られ、ゴールドも3,000ドルを割り込む場面がニューヨークで3日連続でありましたが、その都度、上海の市場がはじまる東京時間午前10時にゴールドは3,000ドルを回復、最後の3日目にはNY市場でも買いが集まり、その後の上昇のきっかけとなったのです。
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- (「開放の日」直後のゴールドの動き)
それから二週間たらずでゴールドは3,500ドルまで急騰しました。もちろんそれは新たな歴史的高値です。その後は3,500ドルをタッチした達成感からの利食い売りが先行したこと、5月1日から5日までの間は中国が労働節の連休であることからゴールドはふたたび3,200ドルへのトライがありました。そしてその後、5月6日、中国が連休から戻りマーケットが再開した瞬間である東京時間10時にゴールドが3,330ドルから3,380ドルまで大きく上昇しました。まさに現在のゴールドマーケットにおける中国の影響力を端的に示す出来事だと感じます。
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- (開放の日からのゴールドの動き)
「中国のゴールド取引」
中国では基本的に現物はSGE、先物はSHFEで取引されています。この二つの取引所を見ることで、中国でのゴールド現物の動きと、積極的な個人投資家の動きがわかります。
●SGE (Shanghai Gold Exchange : 上海黄金交易所)
SGEには中国の現物取引のすべてが集約されていると言っていいでしょう。ここで地金を取引すると増置税13%(日本の消費税のような付加価値税)が免除されます。そのため、すべての取引がここに集中します。↓のチャートはこのSGEの価格(人民元/グラム)をドル建て/オンスに換算して、Loco London Gold priceとの比較をしたものです。4月には一時100ドルを超えるプレミアムとなり、中国での現物買いが大きく盛り上がったのがよくわかると思います。今もまだLoco London Goldに対して30~40ドルのプレミアムがついている状態です。オーストラリア、スイス、ロンドンから上海へのゴールドの輸出コストはかかってもせいぜい1~2ドルであることを考えるとこのプレミアムは異常に高い状況だと言えるでしょう。海外との取引を行う中国の大手商業銀行に加えていくつかの外資系銀行は中央銀行である中国人民銀行からゴールドの輸入枠をもらい、その枠を上限にゴールドキロバーを輸入することができます。これだけのプレミアムがつけば当然彼らは、SGE売り(現物渡し)、Loco London goldを買い、それを現物に紐付けるかもしくは精錬所とLoco London goldと現物をスワップ(交換)し、その現物を上海へ輸入するのです。この海外での買いにより、中国の現物買いが世界のゴールド価格を上げます。
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- (SGEとLoco London Gold価格比較と値差、SGE出来高)
●SHFE(Shanghai Futures Exchange : 上海期貨交易所)
SGEがあくまで現物の取引所であるのに対してSHFEは先物取引です。
つまり証拠金によりその何倍もの価値のポジションを取ることができるレバレッジの効いた取引であり、その価格への影響力も大きなものになります。SGEと同じくLoco London Goldに対するプレミアムは大きく、4月の報復関税以降は100ドルを超えるレベルまで買われています。このプレミアムに対して海外との取引ができる中国の大手商業銀行は、SHFEを売り、Loco London Goldを買うことによって世界のゴールド価格を引き上げる影響を与えます。それが具体的によくわかるのが上にあげた中国の連休直後の5月6日の上海オープニングでのゴールドの急騰だと言えます。
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- (SHFEとLoco London Gold価格比較と値差、SGE出来高)
●ゴールドETF
ゴールドETFへの投資資金の流入は増大しており、今年は年初から資金流入が続いており、特に4月はアジア(ほぼ中国)でのETF残高の伸びが注目されます。中国は単月で64.8トンと米国の42.4トンを大きく上回っており、まさに急増しています。中国の投資家はSGEでもSHFEでもゴールドを買っており、ゴールドETFの買いもこのように非常に大きなものとなっています。これから長期的な世界経済のことを考えると米国一強時代を米国自体が放棄し、自国優先主義に走っている今、もはや世界の多極化はあきらかな動き。中国の投資家にとっても彼らが現在安心して投資できる資産はおそらくゴールドにまさるものはないと感じているのでしょう。中央銀行に加え、中国の一般投資家の買いがゴールドが下げればそれをチャンスと買ってきてゴールドの下支えをするマーケットが続くのでしょう。
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- (世界のゴールドETFへの資金の流れ)
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- (地域別ゴールドETFの残高と4月の動き)
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- (国別の動き)
中国からはまず中央銀行の買い、それに加えて個人投資家の買いが、現物(SGE)、先物(SHFE)、そしてETFにこれまでなかった勢いで入っています。中国ではここ数年、株式市場が右肩下がり(今年に入り若干持ち直していますが)、不動産も下落、暗号資産は政府により禁止されているために、個人投資家が問題無く投資できるもので上昇しているのはゴールドだけと言っていいでしょう。その投資熱が米中貿易戦争のためにより加熱されています。この中国官民双方からのゴールド買いは現在の世界情勢、特に米国一極から多極化世界への動きの中ではおそらくこの中国のゴールド買いは続くと思います。とすれば、短期筋の利食い売りなどによってゴールドが下げる場面では買っておいた方がよいということになるでしょう。
以上