1987~2006年の18年間にわたりFRB議長の職にあったグリーンスパン氏が100歳で亡くなった。
筆者の主著「金を通じて世界を読む」(日経出版)の冒頭は、グリーンスパン氏のエピソードから始まっている。
以下、引用。
前FRB議長のアラン・グリーンスパン氏は、引退後も執筆、講演活動に多忙な生活を送っている。彼の一言はいまだに世界の金融市場を揺るがす。そのカリスマ性ゆえに、講演料も一席十万ドル(約一千万円*筆者注、当時の為替レートで換算)は下らないといわれる。
その彼が、あるヘッジファンド関係のコンファレンスで講演したときのエピソードを紹介しよう。事務局の関係者が「先生、講演料をお支払いしたいのですが、どの通貨で振り込めばよいでしょうか。ドル、ユーロ、あるいは円?」しばらく沈黙の後に彼はひとこと「ゴールド」と答えたという。
「ゴールド」の選択は半分ジョークであったろうが、半分は本気だったようにも思える。FRB議長として十八年間、米経済に君臨し続け、その表も裏も知り尽くした男である。その彼があえて「ドルの代替通貨」といわれる「ゴールド」を名指ししたことは示唆に富んでいよう。中央銀行の「通貨の番人」としてドルの価値維持に努めてきたのだから、意地でも「講演料はドルで」と言うかと思えば、そのアンチテーゼ「ゴールド」が所望、とさらりと言ってのけた。「ドルの凋落」が語られて久しいが、そのドルの発券国のバランスシートを直接管理してきた立場からは、ドルという通貨の危うさを身をもって感じていたのであろう。
引用終わり。
更に、グリーンスパン氏が、ブラックマンデーや米国同時多発テロなど、ウォール街が危機に見舞われるたびに、景気づけにドル札をばら撒き、それが過剰流動性となってマグマの如くマーケットに沈殿したこと。例えていえば、彼は、ドル札いっぱいの大きなシャンパン・ボトルを6本も抜いたことにも言及している。
そして、時は巡り、新議長ウォーシュ氏が、その過剰流動性の回収作業の重要性を認識して、外部識者も招き、タスク・フォース(分科会)を設置する。
「パーティーのホストとして振舞われた巨額の資金量の実態、さらに、それらが宴の後のパーティー会場に散乱して残った様子は彼の(グリーンスパン氏)瞼に焼き付いているのでのはないか」と著書には書いたが、ウォーシュ氏が2026年5月の議長就任宣誓式で「グリーンスパン氏(当時未だ存命中)がFRB議長の職に何が求められているかを初めて示してくれた。」と述べ、出席できなかった同氏のことを「今日も思っている」と熱く語ったことも、偶然とは言えまい。
「過剰流動性相場」「カネ余り相場」と言われて久しい、株式・金市場は、ウォーシュ氏の流動性引き揚げ作戦(=量的引き締めQT)に身構える。
なんとも、考えさせられる歴史の流れである。
なお、グリーンスパン氏の、金に関する明言も、著書では紹介されている。欧州の主要中央銀行が公的保有金の大量売却に走り、金価格が250ドル台!!まで暴落した頃の話だ。当時の米国の保有金は8,134トンと断トツの量。
以下、引用。
この大量のFRB保有金を巡って米国議会で議論されたことがある。1999年5月の上院銀行委員会で、当時のFRB議長のグリーンスパン氏に某議員が質問した。
「今、欧州の中央銀行は金売却に走っているが、わが国の方針はどうなのか」
「グリーンスパン君」
「本件に関しましては売却しません。それは金が究極の通貨(ultimate currency)だからです」
深読みすれば、ドル長期凋落傾向の中でドル価値維持のために金を保有し続けるということなのだろうか」
引用終わり。
そして、今に至るまで、米国公的保有金の重量は変わっていない。しかし、そのドル建て価値は、金価格高騰により、飛躍的に増加した。マクロ視点では「中央銀行セクター」が公的金売却から購入に転換した。
まさに、金こそが「究極の通貨」であることを、歴史が証明しているのだ。
なお著書の最後は「グリーンスパンの懺悔」という一節で終わっている。
話が長くなるので、本論の続編として、明日書くことにしよう。


