今日は、発想を変えてみた。

金という無国籍通貨と基軸通貨米ドルを、通貨の機能面から比較してみると、興味深い。
金塊でモノは買えない。ドルなら買える。通貨の価値交換機能の面では金は劣る。

いっぽう、通貨の長期価値保存機能の観点からみれば、ドルの歴史など、たかだか200年ほど。対して、金の通貨としての歴史は紀元前に遡る。ドルなど「新参者」。ここは、金のほうが優れている。

そこで、今回イラン有事での金とドルの動きを見てみよう。
すわ有事発生ということで、マネーはドル買いに走った。金も換金売りされ、ドルに両替された。
思い出したのが、東北大震災のとき、金塊持っているのに、セブンイレブンで買い物できなかったという声。同じような事が、今回、世界的に起こったのだ。
結果的に、教科書通り、ドル高に振れて、金は売られた。有事のドル買いと言われた。

しかし、日々通貨が売買される外為市場でのドル高と、長期的なドルへの信認は別物だ。
世界の中央銀行が、外貨準備として、ドルより金を選好する傾向は変わらない。長期価値保存機能は金のほうが優れていることを認めているわけだ。

話は脱線するが、昨晩、退任間近のパウエルFRB議長が、ハーバード大学にて、MCと壇上対話をやっていた。
FRB議長として、いかに、米ドルの価値を維持することが難しいか。「パウエルさん、あなたは、自分のやってきた仕事に満足していますか?」とMCから問われ、「物価と雇用の両面を安定させるのは、難しい」と、しみじみ答えていた。そこでMCがフランク・シナトラの名曲「マイ・ウエイ」の歌詞の一部 を引き合いに出した。

「regrets, I’ve had a few. But then again,Too few to mention. I did what I had to do」

悔いがないといえば嘘になるが、私は、やるべきことはやったよ」意訳すれば、そのような、意味になろうか。パウエル氏は苦笑いしていた。

話を戻すが、米ドルの価値を維持することは、誰がやっても、難事ということだ。そもそも、人間が通貨の価値を守ることは、性善説、つまり、人間に任せておけば、うまく行くという発想であろう。
対して、金本位制は、人間に任せるのは無理、という性悪説に基づく。勿論、ここで金本位制復帰論などを説く気はサラサラ無いが、中央銀行の金大量購入をいう事実は、基本的に性悪説に基づく行動であろう。

結論。
長く持つなら金。当座を凌ぐならドル。