金高騰の要因として「基軸通貨としてのドルへの信認低下」が必ずあげられる。ドル不安、ドル離れ等々、表現はさまざまだが、眞の問題は、では、どうすれば良いのか。

世界中の人たちがドルに不安を感じているのに、貿易決済は、ドルの決済システムが確立されていて、好き嫌いにかかわらず、ドルを使わざるを得ない。

その背後には、トリフィンのジレンマという問題がある。

ドルが世界中に流通するには、米国の国際収支が赤字でなければならない。もし、黒字となれば、ドルは米国に集中して、世界的にドル不足が生じてしまう。とはいえ、米国の国際収支赤字が定着してしまうと、ドルそのものの信認が低下する。

この問題は、筆者が大学生の頃から国際経済学で論じられ、未だ、結論らしき議論が出ていない。敢えて言えば、金本位制復帰があるが、これとで、もはや過去の遺産だ。

そこで、一つの選択肢として浮上したのが「最適通貨圏構想」である。世界共通の基軸通貨など、出来るはずもない。であれば、地域ごとに基軸通貨を決めたらどうか。そこで実現したのが「ユーロ」だ。それゆえ、最適通貨圏構想論者の故マンデル・コロンビア大学教授は、「ユーロの産みの親」としてノーベル賞を受賞した。

南米大陸は米ドル、欧州はユーロ、とくると、アジア地域は、人民元かドルか。ここは、日本にとって重要問題になる。

一帯一路構想などで着々と国際通貨への道を歩む姿勢の人民元に対して、円は今や世界的に「安い通貨」になりつつある。その根底には、国としての潜在成長力の厳然たる差がある。ここは、高市政権が支持率が高いうちに、日本経済の構造改革を断行せねばなるまい。「構造改革」は、社会の中で、必ず「敗者」を産むので、政治的に通りにくい話だからだ。

更に、人民元が、おそらくデジタル人民元となろうが、アジア経済圏を席捲するような事態になれば、日本にとって、政治的にも容認できる話ではあるまい。
とはいえ、強い円志向は、いばらの道である。この議論は、長くなるので、今日は、指摘にとどめておく。

なお、金市場にとって興味深いのは、中東イスラム圏の基軸通貨として、「金」の可能性があることだ。実際に、マレーシアのマハティール首相は、ゴールド・ディナールという通貨を提唱。イランとの貿易決済に「試し使い」した事例もある。たしかに、中東イスラム圏は、無国籍通貨としてのゴールドであれば、抵抗感はあるまい。とはいえ、実行可能性は、現状では薄いと言わざるをえないが。

いずれにせよ、世界の中央銀行が外貨準備としてドルを減らし、金を増やす傾向は、世界の通貨制度のパラダイム・シフトを示唆している。
昨日の日経朝刊「複眼」に、「金高騰の影」みたいな特集が組まれていたが、以上の問題に全く触れていなかったのは、結局「俄か金専門家」たちの限界ということか。