金市場はインフレになれば出番が増えるが、株式債券市場はインフレを歓迎しない。
金投資家にせよ、インフレヘッジとして金を保有するが、出来れば、インフレヘッジとしての出番が来ないほうが望ましい。
資産運用で金だけ保有しているわけではないからだ。
市民の実生活でも物価上昇は歓迎できない。
インフレヘッジとして金を保有するが、それが役立たないことが実は望ましい。
保険に似たところがある。


今回のFOMCでは想定通り0.75%の利上げが決定された。
1%利上げまで覚悟していた金市場は、0.75%に留まり安堵しているものの、7月には「データ次第で」1%利上げの可能性も捨てきれず身構えている。
前回5月のFOMC記者会見で0.75%は「議論のテーブルにのっていない」と明言された経緯もあり、FRB不信症は根深い。


とはいえ、市民生活感覚では、インフレ病悪化にともない、0.75%でも1%でも利上げに対する荒療治が必要であることは認めざるを得ない。
手術の痛みを恐れて処方箋程度の治療だけでは、回復がダラダラと長引く可能性が強い。
現実的には、一定の景気後退も覚悟のうえで金融引き締め強化と対峙する覚悟は醸成されている。
0.25%の利上げを続ける治療方針では不十分との認識に変化してきた。
フェデラルファンド・レートは1.5%から1.75%のレンジまで引き上げられたが、この程度の政策金利水準で年率8%を超えるインフレ退治を目論むのは、いかにも力不足の感も否めない。
そもそも今回の引き締めはインフレ病の「早期発見による予防」ではなく「悪化した症状の治療」である。
外野席に陣取るカリスマ投資家たちからは、すみやかに2%ないし3%利上げに踏み切れとの檄も飛ぶ。
悩ましいのは、金融政策の効果には半年から1年のタイムラグがあることだ。
結果的には引き締めが効きすぎることもあると記者会見でパウエル議長も語っていた。
その場合に副作用が「不況」ではスタグフレーションになるので、「景気後退」に留めることが重要だ。
まさにドクターパウエルの手腕が問われる。
ちなみに、不況の定義はマイナス成長が2四半期続くことで、このケースはハードランディングとされる。
これが景気後退程度で治まれば、まずまずの許容範囲内で、これをパウエル氏は「ソフティッシュランディング」と名付けた。
今年のウォール街流行語大賞候補の言い回しとなっている。


さて、同氏は常に「データ次第」で決めると語るが、月次データが数か月継続することが条件と明言している。
その間、市場はインフレ進行の病状を見守るしかない。
「金融政策の切れ味は鈍い」「精密器具のようなわけにはゆかない」とドクターパウエルに宣告されると一般投資家の不安心理は高まる。


さて、今回のFOMCと記者会見を、バイデン大統領はハラハラ、トランプ氏は、ほくそ笑み、注目していたであろう。
バイデン氏は中間選挙、トランプ氏は2024年大統領選挙を視野に支持率に大きな影響を与えるインフレ問題から目が離せない。
なお、日本では、黒田総裁の「値上げ許容発言」が問題視されたが、今回の記者会見では、パウエル議長が3.6%の失業率について、超過需要抑制のため、4%以上に上昇は許容範囲内との認識していることを糺す質問も飛び出していた。
筆者も、金について話すときには「スタグフレーションなら金の独り勝ち」と語るが、一個人の立場では、当然のことながらスタグフレーションになってほしいとは思わない。
やはり金は保有しても役立たないことが望ましいといえる。
有事の金にしても、誰も台湾有事とか北朝鮮・ロシアとの偶発的衝突などの有事になってほしいとは思わないであろう。