「バーゼルⅢについて」

「バーゼル合意」はバーゼル銀行監督委員会(1975年にG10諸国の中央銀行総裁会議により設立)により、国際的な取引を手掛ける銀行に対して、自己資本の強化を要求する規制のことです。
1988年に最初に策定され(バーゼルⅠ)、2004年に改訂され(バーゼルⅡ)、2007年夏以降の金融危機をきっかけにして、再度制度の見直しが検討され2017年に新たな枠組みバーゼルⅢが合意されました。


日本銀行のウェブサイトによると、Ⅰでは銀行の自己資本の測定方法や達成すべき最低ライン(8%以上)が定められ、Ⅱでは最低所要自己資本比率規制(リスク計測の精緻化)、銀行自身による経営上必要な自己資本額の検討と当局によるその妥当性の検証、情報開示の充実を通じた市場規律の実効性向上が3つの柱となっています。
そして現在のバーゼルⅢは世界的な金融危機の再発を防ぎ、国際金融システムのリスク耐性を高めることを目的として策定されました。
具体的には銀行が想定外の損失に直面した場合でも経営危機に陥ることがないように自己資本比率の厳格化、いざというときのための流動性規制、過大なリスクを取らないためのレバレッジ規制が設定されています。
バーゼルⅢは2013年から段階的に実施されています。


このバーゼルⅢに対して最近ゴールド業界でもその影響が議論の対象になっています。
バーゼルⅢでの規制が今月末から欧州の銀行に、そして来年年初には英国の銀行にも適用されるからです。
ここでまさに焦点となっているのが、NSFR (Net Stable Funding Ratio:安定調達比率)という新しいルールです。
これは「利用可能な安定調達額(資本+預金・市場性調達の一部)」を「所定安定調達額(資産)」で割った割合のことで、簡単に言うと流動性が低く簡単に売却できない資産を保有するために必要なバックアップの資金(現金)準備率と言ってもいいでしょう。
その割合が85%と、要は予期せぬ事態のためにその資産価値の85%分の現金を別途用意しておくようにという規制です。


これまでゴールドはallocatedの現物(特定された現物)もunallocatedのLoco London gold (帳簿上での特定の現物を伴わないゴールド)もTier 1 資産(現金と同等の安全資産)とされてきましたが、Ⅲでは、unallocated goldはそれまでのTier 1 資産から外されて、85%のNSFR対象の資産とされている、ということです。
もしこれがそのまま採用されれば、世界のゴールド取引の中心にあるロコ・ロンドン・ゴールド取引は、現在リスク無しの資産と評価されているのに対して、85%の準備金積立対象になってしまいます。
そうなると、これを使うコストはもはや壊滅的に高くなり、unallocated goldはほぼ利用不可能になるでしょう。
このような状況に陥らないために、LBMA(London Bullion Market Association)とWGC(World Gold Council)が連名で英国の金融規制機関であるPRA(Prudential Regulatory Authority:英国健全性規制機構)に対して意見書を提出しています。
その意見書の中で、もしこのNSFR85%が施行されると以下の問題が起こり、施行はされるべきではない、ということが訴えられています。
(ちなみに、シルバー、プラチナ、パラジウムも同じくLoco London (PGMはLoco ZurichとLoco Londonの両方)のunallocated のアカウント取引がゴールドと同じ仕組みでなされています。)

 

  •  現在のゴールドマーケットのクリアリングと決済システムが弱体化するーコストの飛躍的上昇により、クリアリングと決済に参加することがほぼ不可能になり、銀行の離脱が起こる可能性が高い。

 

  •  マーケットの流動性が無くなるーunallocatedのゴールドでデポジットを受けることのコストが大きく上昇し、現物の保護預かりのコストを大きく超えることになる。Unallocatedのゴールドはクリアリングと決済システムに必要不可欠な流動性の源である。

 

  •  運用コストが大幅に上昇する― NSFRにより上昇したコストは結果的には銀行以外の最終市場参加者である鉱山会社、製錬会社、そして宝飾品のようなゴールドの加工業者にチャージされることになる。

 

  •  中央銀行のオペレーションが抑制されるークリアリング銀行が中央銀行からのゴールドデポジットや貸し、そしてスワップなどのオペレーションを行い、それが市場の流動性の根源になっている。

 

このバーゼルⅢのNSFRの部分の適用は欧州が6月28日から、英国が2022年1月1日からになっています。
ということでこの原稿を書いているのがまさに6月28日、欧州の銀行がまさにこのNSFRの影響を受ける日となっています。
これまでのところ特にこの要因によるゴールドの動きはみられません。
はたしてどのような影響が出るのか、非常に興味深いところですが、現実問題としては、実際に日々取引されているUnallocated gold は大部分がLoco Londonであり、英国がNSFRの影響を受けるのは来年の1月からになります。


一部の人たちは、この新たな金融規制の結果、ゴールドが急騰する可能性を声高にしています。
Unallocatedが使えなくなりそれがすべて現物に回ってくるという意見です。
その一方、これがもし施行されても、取引コストが大きく上がるだけで、実質的なシステムに変化はないだろうとみる人たちもいます。
「いや、この改変でゴールドマーケットが死に体になる」という見方さえあります。


実際のマーケット参加者の大部分は英国PRAの決断はゴールドを「現金」に等しいリスクゼロのアセットとして、クリアリングと決済システムに関する限り現在と変わらず特例を認めるだろうと、「期待」しているようです。
実際にそれが起こって自分の目でみるまで信じない、という人たちもいます。


これがバーゼルⅢを巡るゴールドおよびそのた貴金属の今の状態です。
今日(6月28日)からの欧州の銀行の動きが、少しその行き先を示してくれるかもしれません。
これに関しては事態になんらかの目立った進展があればまた書きたいと思います。


以上