今週最もホットな市場トピックは原油急騰。
そこでウォール街で実感することが、原油市場の特殊性だ。
「原油市場に精通した」専門家やアナリストは多いのだが、原油トレーダーは少ない。
野球に例えれば、現役登録されているプレーヤーの数は減ったが、コメンテーターやコンサルタントの出場機会は増えている、と言えようか。
特に自らリスクをとって原油を売買するトレーダーは今や「絶滅危惧種」に近い。
ドッドフランク法の影響で金融機関が自己勘定売買部門を縮小。
特に原油価格の変動は国民生活を直撃するので、金融機関の投機的売買による乱高下がやり玉に上がった。
庶民との接点が薄い金市場は相対的に規制強化を免れた感もあることが印象的だ。
原油市場内で常に売り値・買い値を唱え売買注文を受けるマーケット・メーカーたちが退場すると、投機的価格変動が減るかといえば、現実は違う。
市場の流動性が減り、価格変動は増幅されてしまう。
リスクをとるリスク・テイカーが少ない市場は、投機筋の恰好の標的になるのだ。
このリスク・テイカーの代表的存在が、英語で言うところのスペキュレーター(投機家)であった。
歴史的視点で見れば、そもそもシカゴで育った商品先物市場は、近郷の農家が収穫時の価格を先決めヘッジするために生まれたマーケットであった。
そこにはヘッジ売買の相手方(カウンターパーティー)となり、自己リスクで売買注文を受けるスペキュレーターの存在が必要とされた。
彼らは自らをプロフェッショナル・スペキュレーターと家族にも誇りを持って語るほどだった。
自分たちがいなければ、農家の衆が困る、との自負があった。
しかし、オプション取引の導入によりデリバティブ商品が続々開発され、市場インフラも完備すると、単に価格変動を狙う鞘取り投機的売買が圧倒的に増えた。
それが規制の対象となるや、原油トレーダーたちは、リスク回避を命じられ、原油市場特有の現先スプレッドの増減を狙う裁定取引に傾注する。
しかし、市場参加者の多くが裁定取引に徹すると、市場の流動性は枯渇する。
更に、トレーディング部門縮小の結果、多くの原油トレーダーが転職した。
中東の政府系ファンドに「身売り」したトレーダーも少なくない。
それが、トランプ大統領の規制緩和で、蘇るかと思われたが、一旦火を落とした溶鉱炉と同じく再生は容易ではない。そのコストを正当化する収益性も見込めない。
これが、原油市場に「専門家」は多いが、現役プレーヤーが少ない背景である。
数少ない独立系原油ディーラーたちがOPEC総会のウイーン市内でサウジアラビアに招かれ「ミーティング」に参加することも恒例行事となっている。
そこには、ギルド的習性の名残も感じられる。
いっぽう、実際の売買は、取引所フロアから電子取引に移行した。
高頻度売買の急激な成長により、株・為替・債券そして商品と「循環物色」する高頻度系トレーダーの参入も目立つ。
彼らに原油の専門知識は不要だ。AIとチャートがあればよい。
相対的に旨みのある市場を探り当て、投機マネーは回遊する。
これが、原油価格「急騰・急落劇」の舞台裏である。
100ドル以上の三桁価格から30ドルを割り込む水準まで急落後、70ドル台まで倍以上の急騰という価格乱高下は、到底、需給分析だけでは説明できないボラティリティだ。
限界的供給増減が価格を決めるとはいえ、市場の構造的変化が価格変動を増幅させている面も無視できない。
この実態は今後も変わらないだろう。
インフレ指標として、原油などを除くコアの相対的重要性が更に強まることも想定すべきであろう。ギルド的な市場での投機的売買が金融政策に影響を与えることはリスクである。
なお、原油ETFは原油価格変動が激し過ぎて実勢価格と正確に連動できない(トラッキング・エラーが大きい)という問題をかかえる。
対して、同じコモディティ系ETFでも、金ETFは実勢価格に正確に連動できる。
これは米国で金ETF上場の際に、証券取引委員会SECが重視したことであった。