ゴーン被告保釈はウオール街でも注目の話題だ。
総じて、「ゴーンびいき」の口調・論調が目立つ。
出所にあたり「作業衣を着せられた」。子供たちは「父からの連絡を心待ちにしていた」。
メディアでも一貫して「ミスター・ゴーン」と表記される。
通常、CEOによる企業の私物化は、米国ビジネス社会では、厳しく糾弾される。しかし、ゴーン被告に関しては、「尊敬されるトップ・ビジネスマンが、世界標準から外れた日本の司法制度の犠牲者になった」との受け止め方が目立つ。筆者との対話でも「痛ましい、惨め過ぎて見ていられない」という意味のpatheticという単語が連発されたことが印象的だ。
保釈については、精鋭弁護士の「ドリーム・チーム」が勝ち取った、との表現が興味深い。日本の司法制度が国際世論に屈した、との見方も少なくない。
市場の視点では、日産の社内ガバナンスの緩みが依然指摘される。
日本企業のコーポレート・ガバナンスはこの程度か、との質問がやはり目立った。ゴーン被告への同情論と、日産批判の対比が鮮明だ。