昨日、本欄で詳述した如く、トランプ大統領の強引なFRB乗っ取り作戦が進行するなかで、パウエルFRB議長の存在がレームダック化しそうな様相である。
中央銀行の独立性を、なりふり構わず侵す如き一連の行動は、新興国の独裁者並みの取り口と言われても仕方あるまい。
この危機的展開に接しているNY市場で、今、最大の話題は、各市場の反応が薄いことだ。
今週の週明け25日、アジア時間帯に、クックFRB理事解任の報道が流れたときは、時間外での米株売り、ドル売り、米10年債売りの所謂「米国売り」らしき現象が見られたが、結局、短命に終わった。
早速、ウオール・ストリート・ジャーナル紙が、「トランプのクック解任に、マーケットは何故、関心が薄いのか」と題する記事を載せている。
同紙が理由として挙げたのは5つ。
1.既に織り込み済み。
2.トランプ派の候補者が過半数を占めるのは時間の問題。
3.法廷闘争に持ち込まれると、先が読めない。
4.クック理事に注目が集中すると、パウエル議長への圧力は弱まる。
5.次期候補者として名前が挙がる人物は、ハト派にせよタカ派にせよ、それなりに実績があり、全くの部外者ではない。利下げにしても、トランプ氏がごり押しせずとも、そもそもパウエル氏も次の一手として異論はなかった。
それにしても、金融政策の有事とも言える事態に、金価格こそ、強く反応しそうなものだが、こちらもイマイチの状況だ。
25日のアジア時間帯に、時間外のNY先物金価格(12月限)が40ドルほど上げて3,400ドル台を突破したものの、その後は3,440ドル前後で推移している。やはり3,500ドルの上値抵抗線が強い。今年に入って4回トライしたが、いずれも跳ね返されているのだ。この状況に、買い方も焦れ始めて、利益確定売りが出やすい市場環境になっている。投機マネーが、値動きが軽く上昇基調のプラチナに移る傾向も顕著だ。
コモディティーの側面から金市場の現状を精査すれば、今年に入っての超急ピッチの価格上昇に、金に対する文化的選好度が高い中国やインドでも、現物金需要が萎え始めている。金ETFの残高も、さすがに伸び悩み傾向が見られる。
今後、需給面で注目されるのは、リサイクルの売りだ。
金は腐食しないので、有史以来採掘された金の総量(地上在庫と呼ばれる)が21万6,265トンも地球上の何処かに残り、その一部がリサイクルとして還流してくる。年間の金生産量が3,600トンほどゆえ、今後、二次的供給源とされるリサイクルの売りがジワリ効くは必至だ。世界的に金買い取り店が、雨後の筍の如く急増して、リサイクルのインフラが整備されてきたことも無視できない。リサイクルの売りが増えるタイミングは、金価格が当面上がり切ったとの見方が増える時。それまでは、もっと上がったら売ろうと自制してきた金保有者たちが、一転、我先に、売りに殺到する。投資家の欲がなせる業だ。その様が、満席の劇場で、観衆が非常口に殺到する様を連想させるので、「劇場のシンドローム」とも言われる。
更に、ロシアの金大量売却の可能性もちらつく。
今回の経済制裁に当たり、プーチン大統領の大きな誤算は、ロシア中銀保有の外貨準備としての金まで、海外での売却の道を絶たれたことだ。2,300トンを超す金塊が、モスクワの金庫に眠っている。貴重な外貨獲得の手段ゆえ、宝の持ちぐされの如き有様となった。
とはいえ、今後、仮に、ウクライナ交渉の過程で、経済制裁が緩和されると、一気に、ロシアが公的準備金の売却に走る可能性がある。過去にも、原油価格が上昇して国庫が潤沢になると公的金保有増強に動き、ロシア経済が危機的状況になると、金売却で凌ぐ傾向があった。なお、買い手として中国の名前も挙がるが、その場合は、人民元建て決済を強いられよう。なお、中国は公的金準備を増やす過程にあるので、ロンドン金市場で売却される可能性は薄くなる。
総じて、NY市場の金関係者たちと話していると、一時の金最高値連続更新時の熱気が冷め、ライバル視されがちな、仮想通貨(デジタル・ゴールド)の話題に押され気味の本音が透ける。


