筆者はスイス銀行(SBC)出身ゆえ、クレディ・スイス(CS)危機には、特に関心が強い。
SBC、CS、そしてスイス・ユニオン銀行(UBS)の三行が、チューリッヒ金市場に「ゴールド・プール」という共同組織を設定して、巨額の南アからの金塊売却引き受けに共同で応じていたのだ。
その後、SBCとUBSが合併。
名前はUBS、スリーキー(三つの鍵)のSBCトレードマークがUBSのトレードマークとして残る。
南アはいまや見る影もない金生産国に陥落。
ただ、チューリッヒ市場と、金パラジウム生産国ロシアとの取引関係の根は深い。
深夜のチューリッヒでウォッカ飲みながら、パラジウムの値決めをした記憶が鮮明に残る。
昨日は、ワールドビジネスサテライトにクレディ・スイス危機問題でビデオ出演したが、あいにく、CEO記者会見が、番組本番中という巡り合わせになり、番組としては短くしか取り上げることが出来なかった。
そこで、以下に、今回の詳細な顛末を記しておく。


「2022年10月の最初の2週間に、不正確な噂に基づき、メディアとネットに情報が流れた結果、クレディ・スイスは、極めて高水準の預金引き出し、定期預金解約に見舞われた。
この資金流出は、その後非常に低い水準に落ち着いたが、(流出が流入に)流れが変わったわけではない。」
クレディ・スイスは、27日発表した2022年第3四半期決算報告書で、SNS発の取り付け騒動があったことを明らかにした。
同決算書によれば、当該期間のネット資金流出は129億スイスフランと明記されている。
1スイスフラン=147円で換算すれば、1兆8,900億円を超える。
この騒動の直前、9月30日にクレディ・スイスの5年物CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)が急騰。250ベーシスポイント(bp)に接近した。
年初は50bp台であった。
クレディ・スイス幹部は、週末に大口顧客や金融機関、投資家に、同社の流動性や資本状況に問題がないことを説明して回っていた。
しかし、SNSやタブレット紙など一部のメディアには「破綻」の文字が流れた。
「クレディ・スイスが危ない」との未確認情報が瞬時に拡散された。
1.8兆円規模の資金流出規模は、パニックに陥ったクレディ・スイス顧客が預金引き出しに殺到した様を想起させる。
ネット時代の新型取り付け騒動といえよう。
あらためて、ネットが媒体となり、マーケットの不安心理が煽られるリスクを痛感する。
その結果、資金調達必要額が想定を超え、最大40億スイスフラン(約6000億円)の増資が必要となった。
そこで、急遽、サウジ・ナショナル・バンクが最大15億スイスフランを引き受け、9.9%を保有する株主となる見通しだ。
スイス銀行トレーダーとしての勤務体験がある筆者の知り合いの現地金融筋たちは、誇り高きスイス銀行マンにとって「苦渋の決断」と語る。
とはいえ、スイス系銀行と中東との密接な取引関係は主としてジュネーブ支店経由で50年以上にわたり育まれてきた。
1人のプリンスに1人の担当がはりつく事例など珍しくはない。
チューリッヒ本店のトレーディングルームには、必ず数名から場合によっては10名を超える中東チームがいた。
中東発の生の情報も豊富に入ってくるので、中東関連地政学的リスクの把握には常に一歩先んじていた。
筆者も数回、そのご利益に預かり、外為市場でライバル行より速いタイミングで動くことが出来た。
今回の再建計画には、筆者も通った名門サボイ・ホテルの売却も含まれる。
新オーナーは、やはり中東筋なのだろうか。


いっぽう、現地での話題は、リストラで大量解雇される行員たちの新就職先とともに、残る行員たちの士気の問題だ。
新クレディ・スイス体制は、稼ぎ頭の投資銀行部門の中核を売却して、不採算部門の国内銀行業務は残す。
今後の戦略的部門に位置付けられるウェルスマネジメント(富裕層向け資産運用)は、果たして顧客の信頼をどこまで修復できるか。
投資銀行部門で企業の株式・社債発行関連やM&A(合併・買収)の助言などは、「CSファーストボストン」として分社化する。
ファーストボストンとは、そもそもクレディ・スイスが買収して、投資銀行部門の礎となった企業だ。
原点に戻り心機一転といっても、当時を知る者としては、タイムカプセルから回収したごときネーミングに映る。
結局、投資銀行部門活躍の舞台はニューヨーク市場。
パッケージを変え、米国名のリボンでかざったところで、アウェイの戦いを強いられることに変わりはない。
現地での投資銀行ランキングでも、ゴールドマンサックスなど米国勢5社がトップ5を占め、クレディ・スイスイスが、かなり差を離され6位にランク入りしている。
アルケゴス事件発覚のときには、地の利を生かした米国勢がいち早く場外取引で切り抜けたが、スイス勢と日本勢が本部との折衝に手間取り、数十時間の差で逃げ遅れ、巨額の損失を蒙る結果となった記憶も鮮明に残る。
クレディ・スイスと同じような苦境を脱した経験を買われリクルートされたドイツ銀行出身のジョンCFOが、「再建仕掛け人」の凄腕を、どこまで発揮できるか。
ドイツ人とスイス人の間には微妙な葛藤意識が抜けきらず、特に、厳しい環境に置かれると、感情的反発も増幅されがちだ。
スイス系銀行内で働くドイツ人行員は、いわゆる「窓際族」扱いされやすい傾向がある。
ラストリゾート役(最後の頼みの綱)として事態の推移を注視するのがスイス政府。
行員の間でも、最悪の場合でも公的救済があるとの甘えの構造も透ける。
スイスという小国の基幹産業は観光と金融業だ。国内世論も、公的救済への異論は少ない。
このモラルハザードが、アルケゴス事件で露呈された行内リスク管理の甘さの背景に見え隠れする。
ただでさえエネルギー危機とスタグフレーションのリスクが顕在化するなかで、クレディ・スイスの置かれたマクロ経済状況は厳しい。
しかも、ECBも量的緩和から量的引き締めへの移行期にある。
ときあたかも、低金利時代のデリバティブ運用が逆噴射して巨額の損失を抱えた英年金基金の事例など、過剰流動性時代には見えなかったリスクが露わになり始めた。
バフェット氏は、マネーが引き潮になると、誰が裸で泳いでいたか分かると語ったが、市場が秘かに恐れるのは、シャドーバンクなど銀行ライセンスを持たない金融会社や、簿外取引の存在だ。
銀行監督官庁の眼が届かぬところに、裸のスイマーが潜んでいるのか。
グリーンシル事件のときのような、クレディ・スイスの関与はないと断定できるのか。
なお、クレディ・スイスの中核的自己資本比率は何とか13%程度が見込まれ、システミック・リスクのリスクは極めて低いと思われる。
「リーマン級」などの流言飛語の類のレピュテーション(評判)リスクに襲われたクレディ・スイス幹部の悔しさも冒頭の決算報告書文言に滲む。