株価は金価格に影響を与えるので、常に目配りが必要だ。
特に米株価の底値を探る荒い展開は当分続きそうだ。
以下は日経マネー先月号の筆者コラム「豊島逸夫の世界経済深層真理」の原文である。


株式市場、特に米国市場の異常なボラティリティが常態化している。
この現象を現場感覚で、「投機的ポジション調整」とか「マネー逆流」などの表現で説明を試みても限界がある。
ここは、歴史的俯瞰の視点が必要であろう。
我々は今、間違いなく後世の歴史・経済教科書に残る事態の展開を目撃している。
コロナという未体験の疫病とウクライナ戦争に発する米ロ新冷戦危機の真っただ中で、金融政策が超緩和から超引き締めへ急転換を強いられているのだ。
危うい。
市場では、昨年パウエルFRB議長がインフレを「一時的」と見て、金融政策対応が後手に廻ったことが問題視され批判されている。
「痛恨の判断ミス」とされる。
筆者も同意だが、とはいえ、誰がFRB議長職にあろうと、この難局を無事にナビゲートするのは不可能に近く、パウエル氏に同情も禁じえない。
同氏は、貧乏くじを引いたのかもしれない。
そこで株価が大暴れするのは、FRBへの不信感が強まっているからだ。
超緩和時代には、「困ったときのパウエル頼み」で、株価が暴落を続ければ、追加緩和の助け舟を出してくれるという、いわゆる「パウエル・プット」と呼ばれるFRB依存症が染みついた。
「FRBには逆らうな」と言われた。
それが今や「FRBを疑え」となってきた。
パウエル氏も金融引き締め司令塔として市場の「敵役」に転じている。


振り返れば、昨年の段階で、2022年3月利上げ開始という議論はブラード・セントルイス連銀総裁が主導するFOMC内タカ派の少数極論と扱われていた。
その「まさか」のシナリオが急速に現実味を帯びたのは、昨年11月になって、パウエル氏が「一時的ではない」とちゃぶ台返しの如く見解を変えたときだ。
2022年利上げ予測も、年間2回程度から、みるみる、4回、6回と増えていった。
利上げ幅予測も、当然の如く0.25%刻みが前提とされていたが、0.5%更には0.75%と拡大してきた。
FOMC内のハト派主導格とされるウイリアムズNY連銀総裁やデイリー・サンフランシスコ総裁、そして超ハト派のブレ―ナードFRB副議長候補までが、ブラード氏の提唱に同調の発言をするようになった。その過程では、FOMC内部の亀裂も露わになり、まとめ役としてのパウエル議長のリーダーシップが問われた。
しかも、パウエルFRB議長の二期目の指名が議会で紛糾して、公の席に立つパウエル氏の肩書が「FRB臨時議長」と異例の表示になった。
このFOMC内の地殻変動だけでも株価は神経質に反応する。
加えて、パウエル氏の発言も市場の緊張感を高めた。
パウエル語録は枚挙にいとまがないが、筆者が最も重視するのは「meeting by meeting」との表現。
利上げはFOMC会合ごとにデータ次第で決めるという姿勢だ。全てのFOMC会合が「ライブ」とも語っている。
しかも「nimble=機動的に」動くという。
この単語はウォール街の流行語になったほどだ。
以前は「patient=忍耐強く」待つというスタンスだったので、豹変といえる。
こうなると、市場はFOMCの会合ごとに、今回の利上げはあるのか、あるとすれば0.25%なのか0.5%なのか。
0.75%も、記者会見では検討されていないと述べたが、中国ロックダウンやウクライナ戦況次第では、急遽、議論される可能性は残る。
それほどに市場は疑心暗鬼なのだ。
そもそも、プーチンと習近平の本音など、ロシア・中国専門家が様々な見解を述べるが、ひとつ確実なことは、世界中で正確に見通せる人は誰もいないということだ。


更に悩ましいことは、FRBが景気を悪化させてもインフレ退治を優先する姿勢と見られることだ。
本来ならば、景気後退を誘発せずに利上げでインフレを封じ込めるところだが、今回のインフレは新型でかなりの荒療治が必要となる。
需要過多と供給目詰まりの複合構造だ。
そこで、0.5%利上げを3回連発されて、米国経済は耐えられるであろうか。
この政策効果が発揮されるまでタイムラグがある。
利上げ3回目終了後、2か月ほどで効果が出るかもしれないし、2回目で早くも景気が減速する可能性もある。
IMFの見通しでも、米国経済は引き締め前から、既に減速している。
パウエル氏は、金融政策を刀に例え「切れ味は悪い」と語っている。
それほどに効果測定が難しいということだ。
ゆえに、利上げやり過ぎ、あるいは、利上げ不足、のリスクがつきまとう。
この難局に米国個人投資家は、どのように対応しているのか。


たまたまFOMC後に、米国経済テレビ局CNBCが視聴者アンケート調査を実施した。
そこでは、54%の回答者が「現金保有」と答えていた。
いっぽう、プロはといえば、世界最大の資産運用会社ブラックロックのCIOリーダー氏は、現金保有を50%も増やしているという。
メディアに出てフランクに語るのだが、あっさり「分からないから」と述べている。
要は、まともなファンドは、ポートフォリオのリスクを減らしている。
日々の株価乱高下は、小者の超短期ファンドが暴れる結果なのだ。
日本の個人投資家にも教訓となろう。
世界の投資家が迷って困惑しているのだ。
今は次の一手をじっくり考え勉強する時期といえよう。
市場の方向性が見えたときには、「nimble 機動的に」動くために。