筆者の本欄原稿アーカイブのなかから、2020年1月23日付の原稿で、今となっては、なるほど納得という原稿を見つけた。


タイトルは「ドイツと金の歴史」

 
これは公的金準備保有国(機関)トップ10の表です。

 

 

公的金準備保有国(機関)トップ10の表

セミナーでこういう質問が出ました。
「なぜ、ドイツが第2位なのか。」
ドイツが国として金準備保有にこだわる二つの理由があります。
まずハイパーインフレの歴史。
第一次大戦後、パン一個が1兆マルクとか、100兆マルク紙幣発行など、想像を絶するインフレを体験すると、子孫代々までその惨状が語り継がれるものです。
未だに風化せずドイツ国民の記憶に残っていると言えましょう。
それゆえ財政赤字に対しては強烈な抵抗感が残るのです。
均衡財政にこだわります。
今やEUの中の一か国になってもその民族性は変わりません。
それゆえ欧州経済が悪化しても、ドイツだけカネを貯め込んでいると非難されます。
2020年、今や経済政治ともに迷走するドイツが大型財政支出に踏み切るか否かが注目されています。


そしてドイツが公的金保有にこだわる二つ目の理由がロシアの脅威です。
米ソ冷戦時代に至るまでドイツは常に旧ソ連軍侵攻の脅威に晒されてきました。
それゆえ歴史的に自国が占領されるような万が一の事態に備えてきたのです。
そのひとつが公的金保有増強でした。
しかもその公的保有金を自国外の主要中央銀行に預託することで、ロシアによる金差し押さえに備えたのです。
具体的にはイングランド銀行、NY連銀、フランスの中央銀行などに分散保管したわけです。
近年その預託した金が本当に存在するのか、一度洗い出して確認すべきとの世論が巻き上がり、海外保有の公的金をフランクフルトに戻し正確に勘定するという事態も生じました。


未だに欧州、特に東欧諸国にはロシア警戒論が根強く残ります。
2019年にはポーランドが公的金を100トンも購入しました。
そのポーランド国境付近では未だに米軍との共同軍演習が行われているのです。
民間でも金ETF購入急増の中で欧州での金ETF残高増が目立ちます。
私が長く勤務したスイス銀行で金業務が重視された背景には、このような事情もあるのです。
欧州の真っ只中に位置するスイスは、他国からの侵攻・脅威に弄ばれる歴史の中で、無国籍通貨=金に依存せざるを得なかったとも言えましょう。


以上


まさに、このときに書いたロシア侵攻が、ウクライナで現実となっているのだ。
ポーランドも、ウクライナ国民の避難先となり、否応なく、巻き込まれている。
ちなみに、公的金準備保有ランキングの最新のデータは以下の通り。
殆ど変わっていない。日本とインドが増えている。
日本に関しては、1986年に昭和天皇在位60年記念金貨を大量発行したときの残りの金が財務省の資産勘定に残っていた分を、日銀勘定に移したということ。

 

公的金準備保有国(機関)トップ10の表

インドについても、2010年に書いた筆者原稿がアーカイブに残っていた。

そもそもインドが公的金準備増強にこだわるのは、金の有難味を思い知らされた苦い経験があるから。
話は1990年に遡る。
その年、インドは経済危機に見舞われた。
1980年代の放漫財政、国際収支悪化、湾岸戦争による原油輸入価格の急騰、輸出減少などが相次ぎ、外資は相次ぎ引き揚げ。
ついにはインドの外貨準備は輸入支払いの2週間分しか賄えないほどに底をついた。
そこでIMFの緊急融資を受けることになるのだが、その条件として、担保として公的保有金をロンドンに搬送せざるを得なかったのである。


まぁ、この経済危機をきっかけに、インドは他の発展途上国に先んじて経済規制自由化を1990年代前半に相次いで実行し、立ち直ることになる。
その規制緩和の目玉は金輸出入、国内取引の自由化であった。
金の有難味を思い知らされたインド政府は、民間の金ストック増強を図ったのである。
その結果、インドの民間金需要は200トンから一時は800トン近くまで急増し、断トツの金需要世界第一位の国になったのであった。
(昨年は、インドに遅れること18年ながら、ようやく金解禁に踏み切った中国にアッサリ一位の座を明け渡すことにはなったが…。)
(筆者注、その後、インドは国際収支赤字対策として金輸入を制限することにもなった)


そしてロシアも金の有難味を思い知らされた国である。
1990年代初頭に旧ソ連は金の大量売却を繰り返し、モスクワの金庫にあった2,500トンの金が500トンにまで減ってしまった。
その当時は、「トイレットペーパーの輸入資金を調達するために金を売却」などと報道されたものだ。
そのような苦い経験を経たからこそ、今や原油価格上昇で潤ってきた国庫の中で金準備を再増強しようと考えるのは、至極当然の事に思える。


インドもロシアも有事に金が頼りになることを経験した国。
有事の金は、買いではなく、売って(あるいは担保として活用して)急場を凌ぐ、というのが本筋なのだ。


以上、過去の原稿を読んでみると、「歴史は繰り返される」ことを痛感する。
ロシアは、今回、いざ有事というとき、欧米の経済制裁で、金を国際市場で売るに売れなくなったのだから、これは、プーチンも想定外のことであったろう。