ジャクソンホール会議におけるパウエル講演で、量的緩和縮小の案件は、ほぼ「一件落着」した。
年内テーパリングを開始するが、急がず、9-10月より11-12月のタイミングとなりそうなので、ひとまず金も株も市場は安堵している。
そもそも量的緩和縮小といっても、基本的な緩和姿勢に変わりはない。
特に、パウエル議長は、講演のなかで、FRBバランスシートが膨張していることに言及して、多少の緩和縮小でも、FRBが購入した債券をこれだけ保有していることが、そもそも緩和政策であると説いた。
量的緩和から量的引き締めに転換など、まだまだ先の話であることを強調したかったのだろう。
パウエル議長就任まもない頃、不用意に「FRBバランスシートの圧縮」は「自動操縦で実施」と語り、市場が混乱した苦い体験が、未だにトラウマとして残っているようだ。
同氏の利上げについての説明も、FRB内部タカ派への配慮が滲む。
筋金入りのタカ派で、積極的にメディアでも発言するセントルイス連銀ブラード総裁は、「量的緩和縮小プログラムは来年3月までに片付け、次の段階である利上げに関する議論のため十分な時間を残すべし」と説いている。
利上げは、緩和から引き締めへの本格転換ゆえ、金融正常化のまさに「本番」となるだけに、ハト派・タカ派の超党派によるコンセンサスが必要となる。
ブラード発言は、「タカ派の意見も聞け」との牽制とも映る。
そこで、ハト派寄りのパウエル氏も、利上げと量的緩和とは別問題として扱う姿勢を明示した。
利上げ決定には、より厳しい条件が必要になるとの認識も示した。
これはこれで、タカ派への牽制球と映る。
量的緩和縮小は合意したが、本番の利上げは、まだ実質白紙との念押しであろう。
利上げのための、より厳しい条件とは、まず、失業率がパンデミック前の4%台まで下落すること。
更に、労働参加率が現状の61%台からパンデミック前の水準(63%台)に戻ること、或いは、戻る傾向が確実視される状況になること。
これは、感染不安による労働回避や学校再開不安による女性労働者の自宅待機など労働参加を妨げる要因が解消に向かうことを意味する。
インフレ率に関しては、FRBが最も重視するPCEベースで現在年率3.6%台まで上昇しているが、この水準に下がる気配が見られず続騰する状況が継続すれば、利上げも検討という流れになろう。
このなかで、筆者は、労働参加率の回復が、もっとも困難で、タカ派とハト派の間でも熱い議論が飛び交うと見ている。
ベビーブーマー世代の退職など人口動態要因は、もはや不可逆的との見解もある。
更に、黒人・ヒスパニックなどマイノリティーに長期失業が多いこと。そして雇用のミスマッチ。
新たな職場で練熟(スキル)を磨くには時間がかかること。
これら構造要因の改善を条件にすれば、機動的な金融政策発動は覚束ない。
デルタ株は勿論のこと、FRBの視点では他力本願の要因が、「利上げ決定」の前に立ちはだかる。
それでもタカ派が早期利上げを支持するのは、やはり長期にわたる超緩和の副作用、即ち資産価格バブルを懸念するからだ。
なお、この問題について、筆者が注目しているのは、株価上昇に対するバイデン大統領の姿勢だ。
トランプ前大統領は、株価を政権の通信簿と位置付け、株価が急騰すれば、政権の実績として誇示してみせた。
しかし、バイデン氏から、株価に関する発言は聞かれない。
仮に株価礼賛でもしようものなら、ウォール街をエリート集団と批判するエリザベス・ウォーレン上院議員など民主党内急進派からつるし上げられるは必至だ。
バイデン政権は、マーケットフレンドリー(友人)とは思えない。新任のSEC(証券取引委員会)委員長、ゲンスラー氏も相次いで規制強化を打ち出し、側近にも大企業批判派を登用している。
バイデン氏は、パウエル議長の再任を承認する可能性が強いが、「中間層が恩恵にあずかれない資産バブルを回避せよ。FRB内部タカ派の言い分にも理がある」との政治的圧力は受けるかもしれない。
金価格は、上昇したが、いずれ、利上げの議論が本格化すれば、これは、金利を生まない金には逆風になる。
パウエル講演後、急騰した金だが、実態は、売りポジションの巻き戻しである。
市場のテーマがテーパリングから金利に移ってゆく。