アルケゴスの余波、市場が恐れる株式売買益39%課税案
米議会でアルケゴス問題関連の公聴会が開催され、関係各社幹部を証人として招集する動きが顕在化してきた。
そこで、市場が最も危惧するシナリオは、株式売買益への課税強化だ。
既に、バイデン大統領は選挙期間中に富裕層の株式売買益に39%程度課税する案を標榜してきた。そして就任後に勃発したアルケゴス問題。「富裕層マネーの暴走、手助けする投資銀行、利用されるデリバティブ金融商品」の構図は、バイデン政権金融規制強化路線を後押しする成り行きとなっている。
まずは、隠れ蓑として使われ問題視されている「ファミリーオフィス」(富裕層の自己資産管理会社)に情報開示義務が課せられるであろう。実は、この件は、アルケゴス問題なくしても、今年から来年にかけて「ドッドフランク法(金融改革法)」の適用範囲内として規制強化される予定であった。同法は10年前に立法化されたが、トランプ政権の規制緩和路線のなかでSEC(証券取引委員会)が実質的に骨抜きされ、実行が大幅に遅れていたのだ。具体的には、ヘッジファンドと同じ扱いになり、四半期ごとに13Fという様式でSECに報告することになろう。各ファンドの13Fは、四半期の最終日から45日以内に提出され、SECのネット上で公開される。ちなみにバフェット氏のバークシャー・ハザウエー社も、この規則にのっとり四半期ごとに保有株式銘柄の名称と保有量・保有額を開示している。ファミリーオフィスに適用が遅れたのは、「財産管理会社で運用は保守的」と見なされていたからであろう。
かくして富裕層の資産保有状況を明らかにしたうえで、バイデン政権は、「富める者から中間層への所得再配分」に動く。株式売買益課税は、この延長線上に位置する案件だ。ここでは、年収いくらから富裕層と見なすか、線引きも問題となろう。一般的には年収40万ドル(4千万円超)が目途と見られるが、共和党民主党の駆け引き材料にもなっている。
次に、市場は危惧するのは、今回使われた「株式スワップ」というデリバティブ商品への規制だ。当該商品に限定せず、デリバティブという範疇に対する規制強化に発展する可能性がある。特に、「オプション」がやり玉に挙がると、影響は大きい。そもそもオプションは投資家が一定の手数料を払えば、損失を限定できる、という投資家保護の発想で開発された。しかし、今や、手数料を払えば、実質的にレバレッジをかけて売買できる投機的商品となってしまった。投資家交流サイトを舞台に展開されたレディット・マネーの乱でも、このオプションが利用された。市場目線では、半導体が産業のコメとすれば、オプションは現代金融のコメといえるほど、様々な金融商品の「部品」として使われているのだ。オプションなしで投資銀行業務は成り立たないといっても過言ではなかろう。かりに、ここに規制のメスが入れば、市場の流動性がかなり減少するは必至だ。原油市場が典型なのだが、ドッドフランク法で売買規制が強化され、大手投資銀行が相次いで原油トレーディング部門を縮小・閉鎖したので、リスクをとるディーラーが減り、価格乱高下が激化する結果になってしまった。昨年生じたマイナス原油価格現象は、その究極といえよう。
この事例が示すように、規制が強化されると高いボラティリティー(価格変動)が新常態になりがちなのだ。
しかし、バイデン大統領は、お構いなしの姿勢だ。ウオール街のエリート集団とは距離を保ち、中間層を重視する。株価を政権の通信簿として重視したトランプ前大統領との対比が鮮明である。
投資銀行業務にも規制が強化されよう。多くの大手投資銀行は、リスクあるトレーディング部門から、安定的収益が見込める富裕層ビジネスへ戦略転換中である。そのさなかに起こったアルケゴス問題は、「痛い」の一言であろう。規制強化でトレーディング部門のリスクは更に大きくなり、当て込んでいた富裕層マネーは、内向きに立て籠もりそうだ。約5200億円相当の損失を確定したクレディ―スイスは特に富裕層業務を得意分野にしていたので、ダメージは大きい。約2200億円の損失を見込む野村HDも個人顧客の高齢化に伴い、国際業務への依存度が高まるなか、試練の時期を迎える。
かくして、世界の金融大手が巨額損失を出し、市場が緊迫するなかで、国際金価格は1750ドル台を突破した。それでも欧米市場に弱気説が多いのは、添付KITCO金価格テクニカル・チャートで明らかなように、赤線の実勢金価格が緑線の200日移動平均線を未だ大きく下回っているからだ。相場用語でいえば、「かたちが悪い」。数か月後には200日移動平均線を上放れると思うが、時間はかかる。当面1800ドル・ラインの頭は重い。
金市場を分析すれば、テクニカル面で悪いが、足元でドル金利が反落した1.6%になったのでドル安に転じたことが金反発のキッカケだ。
問題は、これでドル金利高終焉というような簡単な話ではないこと。いっぽう、インド中国中東市場での現物需要も安値圏で盛り上がっている。この点は、今朝の日経朝刊商品面でも分かりやすい記事が出ているので読んでいただきたい。筆者が底値圏と言ってきた所以でもある。
結局、欧米の短期投資家は金売り、新興国の金長期保有者は金買いの構図だ。