米喪に服すNY市場、罪滅ぼしマネーはESG投資へ
「息が出来ない I can’t breathe!」
「これは(ミネアポリス事件で死亡した)ジョージ・フロイド氏の最期の言葉だ。近くにいた人が撮影したビデオでは、彼は10回、命乞いしているのが聞こえる。10回以上かもしれない。警官が8分46秒にわたり、彼の首を膝で押さえつけている間に3名の警官が傍観していた」
シティー・プライベート・バンクCFOマーク・メイソン氏の個人的声明文はこう始まる。
自らアフリカ系アメリカ人として感情抑え難く、家族とも相談のうえで、声を上げたと述べている。
「私はグローバルな銀行のCFOだが、全米で相次ぐ黒人死亡事件は、自らの日常生活でも起こりうることだ」
この「カミング・アウト」が典型的事例だが、1日のNY市場は、株価こそ上昇したものの、市場参加者が醸し出す雰囲気は「通夜」の如し。クック・アップルCEO、ダイモン・JPモルガンCEO、フィンク・ブラックロックCEOら経済・金融界トップが相次ぎ、「弔辞」のごとき一文を一般に発表、あるいは、社員に発送した。
「ダイバーシティー」の掛け声が先行するが、米国社会には、未だ差別が根強く残る。コロナ死亡者の中で黒人層が目立つことも、強く意識されていた。コロナ禍でアジア系米国人がいわれなき差別に遭遇することも問題視されている。
米国人の「価値観」を今こそ根源的に見直すべきとき、という点で、企業トップが発する警鐘は一致している。
「息が出来ない」という言葉は、今や、抗議デモ参加者の合言葉になっている。差別には息が詰まる思いということだろう。
ちなみに、中国外務省報道官は、トランプ大統領のデモ参加者への強硬姿勢に「息が出来ない」と早速皮肉っている。香港自治の強権的制圧を声高に非難しておきながら、自国内では、暴徒化したデモ隊と対決姿勢を露わにする姿勢を「偽善的」と批判する格好の材料となった感がある。
日本時間2日朝8時前にホワイトハウス内で行われたトランプ演説も衝撃的光景となった。「州が手をこまねているだけならば、連邦政府が軍を投入する」と改めて強硬姿勢を発表。その間、ホワイトハウス周辺に集まった、両手を挙げたデモ参加者たちに催涙弾が投げ込まれ、その音が演説会場にまで響くという異例の事態となったのだ。
催涙弾は咳き込みを誘発する。とてもコロナ渦中の国における光景とは思えない。
とはいえ、市場の反応は、限定的だ。材料視はされるが、株価が急落するわけではない。外為市場でも、「安全通貨」として買われた米ドルが売り戻され、ドルインデックスも100の大台から97台まで下がり、対円以外ではドル安が進行している。ユーロや新興国通貨が買われるなかで、円が特に買われないことが「円高傾向」と見なされる。金価格も1730ドルという歴史的高値圏に張り付いたままだ。
ウオール街と、一般国民を指す「メイン・ストリート」の間には明らかに温度差がある。価値観の違いとでもいえようか。
唯一、市場の「良心」が感じられるのは、現場で改めてESG投資の必要性が見直されていることだ。国の非常事態にもかかわらず、ひたすら株式投資で儲けるだけでは、富の格差の誹りを受けかねない。投資対象を選別するESGの発想が、機関投資家のみならず、個人投資家にも普及するキッカケとなる可能性があるのだ。メディアでも今更のごとくだが、「初心者向けESG投資」がテーマとして説かれる。差別に対する反省から生じる「罪滅ぼし」的な発想だが、ミネアポリス事件は投資の質的改善を促す機会を提供しているようだ。