1.    虫の目、魚の目、鳥の目、三つの目で見よ


まず、虫の目は市場の現場を見ること。NY金先物市場の売買取組高。買いが異常に膨れると早晩売り手仕舞いの「表層雪崩」が発生するは必至です。
金ETF残高も、その半分以上はヘッジファンドなど投機筋の短期売買手段として使われています。
残高が2,800トンを超えましたが、過去には一年で800トン激減した年もあります。
次に、魚の目では、市場の潮流を見ること。
金融政策、政治要因、地政学的リスク、需給要因が金価格の底流を決めます。
特に、トランプ大統領の言動が発する不確実性は、相対的安定性を求めるマネーが金市場に流入する傾向を醸成しています。
更に、金には商品とマネーという二面性があります。
最近では外貨準備としてドルが売られ金が買われていますが、プラチナは外貨準備としては認められません。
一方で、市場の中期的トレンドを決めるのは、新興国中心の商品としての需給要因です。
NYだけではなくムンバイ、ドバイ、上海市場への目配りも重要です。
そして、鳥の目では、国際通貨制度における基軸通貨としてのドルの信認が危うくなると、金が「ドルの代替通貨」として買われる傾向があります。
金本位制は過去の遺物ですが、欧米先進国の外貨準備における金の割合は60%を超えています。
金廃貨を唱える米国は、外貨準備の8割以上を金で保有しているのです。
対して、我が日本は同比率が2%に過ぎません。代わりに、米国債を大量に保有しているわけです。


2.    有事の金の「ドカ買い」は悪魔の選択


「有事の金」という言葉は妖しく投資家の心を揺らせるものです。しかし、プロにとっては、有事で金が急騰すれば、格好の利益確定売りの機会となります。
例えば、イラク戦争勃発後、金価格は下がりました。半年前から開戦必至と読んだ中東筋は着々と金を買い増し、いざ開戦となった瞬間から売り手仕舞いに走ったのです。
メディアに踊る「有事の金」に煽られ金を買った個人投資家の多くは梯子を外され眠れぬ夜を過ごすことになりました。
「噂で買って、ニュースで売る」これは私がスイス銀行チューリッヒのトレーディング・ルームで真っ先に叩き込まれたことでした。
このプロの手口は株、外為、債券の市場でも常套化しています。
有事の金の本来の意味は、平時から地道に金を買い増し、有事に備えるということなのです。
それゆえ、金投資の王道は定額積立。まとめ買いは避けること。
今や株の世界でも積立が主流になりつつありますが、金の世界では1980年代から金積立が薦められてきました。
40年ぶりの金価格高騰となった今、やはり金は長期投資に限るという考えが改めて強まっています。
但し、金は資産運用面では脇役です。主役は配当・金利などを生む株と債券。最近は主役が不調で脇役の出番が増える傾向と言えるでしょう。
逆説的に言えば、金を保有して役立たないのが最善なのです。
それゆえ、資産運用における金の比率は10%程度に抑えましょう。


3.    安全資産神話の崩壊


国債を満期まで持ち切れば保有者が金利を払わねばならない。預金はゼロ金利に近いのに、今後は手数料を払うことになりそう。
国債と預金は「元本保証」だから安心とは言えない時代になりました。
いまやリスクの無い資産などあり得ません。そこでリスク分散運用の対象として金が浮上しています。
その最大の理由は、他の資産と「独立」した相関関係にあるからです。
逆相関でも正の相関でもなく、独自の価値を持ち、独自の値動きをする傾向が強いので、リスク分散効果が高いのです。
金も相場商品ゆえ、価格変動リスクがあります。
それゆえ、金だけ大量に持てば、それは単なる「投機」になります。
株や債券を持ってこそ、初めて金を持つ意味があると言えるでしょう。
このリスク分散効果に最近注目し始めたのが欧米年金基金です。
金ETFという商品も、元々は米国最大の公的年金基金カルパースのCEOを9年勤めた人物が、年金でも使える金投資商品という発想で開発したのです。
私も彼の下で6年働き、金ETF上場に直接関与しましたが、「分散が効かない」という言葉が彼の口癖でした。
伝統的資産クラスだけではリスク分散に限界を痛感したので、ワイナリーや植林事業に投資して、その後辿り着いたのが「金」だったのです。
そのカルパースは、マイナス金利の時代に年率6・5%という高リターンを達成しています。
それでも7%の予定リターンは未達と報じられるのですから異次元ですね。


4.    リサイクルがブーム。ムンバイに要注意。


いま、主婦の間では金のリサイクルが話題になり、手持ちの古い金ジュエリーなどを買い取ってもらい、お小遣いにする事例が増えています。
私もこの話題でワイドショーに生出演して、その反応の凄まじさにビックリしました。実は、こういう現象は日本だけでなく、世界中で同時多発的に起きています。
魚の目で見ると、これは供給増の要因となるので要注意。
なにせ地球上には有史以来採掘された金がツタンカーメンの黄金マスクのごとく絶対腐食せず18万トンも「地上在庫」として存在するのです。
年間の金生産量が3,300トンほどですから、途方もない量です。
但し、顧客一人当たりは数グラムから数十グラム程度なので、当日の国際金価格に影響はなく、短期売買のディーラーの間では見過ごされがちです。
でも通年では金価格が安い年でも1,100トン、1,500ドル以上の高い年では1,700トンを超すので、相場のアタマが重くなる供給増要因となります。
ムンバイ、ドバイ、中国などで需給はじゃぶじゃぶ。
でもNY金価格は先物主導で上がる。これは要注意のサインです。
特に、プロの視点では、ムンバイの現地価格とロンドンの世界標準金価格を比較して、ムンバイのほうがディスカウントになるときは、1年以内にピークアウトの可能性が見えるので、身構えます。
毎日の相場情報は、どうしてもNY発に偏りがちなので、新興国にも目配りしましょう。


5.    債券バブルが崩壊する日


2019年に特にバブル化した市場が債券です。
マイナス0.5%の独10年国債でも買われます。
債券は価格が上がれば、利回りは下落する関係にあるので、ECBのマイナス金利深堀りが進めば、独国債価格は上昇が見込めるからです。
とはいえ、このような異常な現象は長続きするとも思えません。
債券買いがバブル化してはじけるとき、マーケットには何が起きるでしょうか。
債券が大量に売り戻され、債券価格は急落、金利は急騰するでしょう。
これは金利を生まない金には、虫の目で見れば、売り要因になります。
しかし、この現象は「悪性の金利上昇」なので、魚の目で見ると、一転、金の買い要因になるでしょう。
市場は大混乱に陥り、VIX(恐怖指数)は急騰することが予想されます。
例えば、ギリシャ危機のとき、ギリシャ国債をまともに買う人はおらず、投機筋に売り込まれ、ギリシャ国債利回りは30%を超えたのです。
これが「悪い金利上昇」の典型です。
ドイツはギリシャと異なり、財政規律が堅固な国ですが、独国債を買い漁る人たちが投機家だと、マネーゲームのおもちゃにされるのです。
なお、金は「誰の債務でもない」資産と言われます。国債は国の債務。社債は企業の債務。しかし金には発行体がないので、信用リスクとは無縁なのです。
ドル・円・ユーロは量的緩和でいくらでも刷れるが、現物の金は刷れない、という点も今後は重視されそうです。


6.    金のバリュエーションはどう測ればよいか


株式投資から金に分散してきた投資家が戸惑うことが、バリュエーションです。
1,500ドルだ、といっても、それが、割高なのか割安なのか、フェアバリューが分からない。
そもそもインカムを生まないのでPERなどのベンチマーク指標があり得ない。
ところが、金には至って簡単なベンチマークがあるのです。
まず、下値の目途。
ずばり生産コストです。
3年前に金価格が1,100ドルの大台を割り込んだときのこと。
世界の金鉱山のなかには、自社鉱山の採掘コストを割る水準となり、減産する事例が出始めました。
需給統計では、世界の平均生産コストは900ドル程度ですが、これはあくまで算術平均。
なかには、1,200ドルを超す高コストの鉱脈もあるのです。
この供給減要因で、金価格はほどなく1,100ドルの大台を回復。
しかも、安値圏なので、上海・ムンバイ・ドバイでは金製品や金地金が飛ぶように売れ、在庫が枯渇する店が続出するほどでした。
現地金価格は世界標準のロンドン金価格に比し、プレミアムに転じたのです。これが底入れのサインでした。
逆に上値の目途は、NYの金先物買い残高が史上最高水準まで膨らみ、しかも、リサイクルや高値買い控えでムンバイが大幅なディスカウントになる、という状況です。
2020年の専門家上値予測はプロでも意見が分かれるところですが、いずれにせよ、現在の金価格では、まだ上げ余地がある、という点では一致しています。