昨晩は、まず中国側の発表で、習近平とトランプが電話で会議中と報道。
米国側も認め、市場では重要な材料視された。

レアアースという切り札を握り、既にレアアース不足による自動車生産ストップの事例も出始めた折ゆえ、中国側のペースと見られた。
そこで、貴金属市場では、中国需要で育つシルバーとプラチナが買われ、米中緊張エスカレートで育つゴールドは売られた。おりから上昇中だったNY金は暫時、頭を打たれ、シルバーとプラチナは、続騰した。それぞれのメタルの特徴が顕在化して、教科書に使えそうな事例になっている。

とはいえ、中期的には、金は下値を固めつつ、価格水準を切り上げて行く展開に対し、銀プラチナは、市場規模が極めて小さく、ちょっとしたマネーの出入りで大きく値が振れやすい。それゆえ、ビッグマネーの視点では、銀プラチナは、例えていえば、鯉がうっかり金魚鉢に入ったものの、出られなくなる(プロの立場だと、売り逃げしたいときに足元を見られ吹っかけられる、或いは、買い手が見つからないような状況)リスクがあるのだ。

筆者は、スイス銀行の外国為替貴金属部ディーラー生活が、あまりに刹那的で、見切りをつけ辞める際に、銀行側から、「がんばってくれて、ありがとう。特にプラチナ部門での貢献度が高かった」と記念品にノーブル・プラチナ・コインをプレゼントされた。「君がライバル行にゆかず、良かった」と上司が言ってくれたときには、ディーラーに対する最大級の誉め言葉ゆえ、思わずグッときた思い出がある。まだ、コンプラとか高速度ネット売買が存在せず、思い切り自己勘定でディーラーは売買出来た、というより、させられた。今は、行内のリスク管理が厳しく、アーブ(裁定取引)しか出来ないので、割り切れば、楽だが、胃が痛くなるような本当の相場売買を経験できないので、やる気満々のディーラーの間にはモヤモヤ感は漂っている。

それやこれやで、プラチナには、個人的に思い入れがあり、プラチナ価格が金より遥かに安くなっても、心の中のセンチメンタル・バリューは変わらない。でも、解説役に廻った今は、客観性を重視して、冷ややかな見解に徹している次第。そんな話を、知り合いの記者に語ったところ、今月後半の朝日新聞の「私の記念の一品」みたいなコラムに登場することになった。世間的には、金ブームでプラチナ価格への注目度は低い。それでも、多くの一般の人たちは、未だに、プラチナはゴールドより値が高く、「プレミアム感」があると思い込んでいる。プラチナ・カードのステータスが、ゴールド・カードより高いことに、抵抗感は感じられない。宝飾品でも「ゴールドはお母さんの世代。娘の世代は、プラチナのほうが、ファッショナブル」という価値観が根強く残る。
実は、近年のファッション・センスでは、首回りを、貴金属で飾らず、鎖骨を磨くエステのほうに消費支出が廻ることが、宝飾業界にとっては、「困った」現象なのだけれどね。更に、宝飾品の素材という見地からも、貴金属にはこだわらず、皮とか鉄とか、自由な選択が当たり前になっている。デパートの一階に出店している「コスチューム・ジュエリー」と呼ばれる業界カテゴリーだが、貴金属業界側から見れば「ジュエリー」ではなく「アクセサリー」というような複雑な心境の言い回しになりがちだ。


雑談が長くなったが、ワールド・ゴールド・カウンシル在籍時には、会社の個室のラックに、経済誌と女性向けファッション誌がずらり並んでいたものだ。フランス出張で、昼は中央銀行のバンク・ド・フランスを訪問。夜はパリコレを見る、というようなスケジュールもあった。まさに、ゴールドならではの、ダイナミックな仕事の醍醐味だったね~そんな話をテレビでも語るような企画があり、金ブームが拡散中ということを肌で感じる日々だ。