今や、米中間選挙の争点が、インフレ問題になってきた。
QT開始前夜の5月31日、バイデン大統領は、「私のインフレ退治計画」と題する長文をウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿した。
FRBの利上げとQTの合わせ技が経済減速を誘発せず軟着陸(ソフトランディング)出来ると詳細に説いた。
来年は雇用統計の月次新規雇用者数が現在の50万人から15万人程度まで減少することが望ましいという。
労働市場が過熱して1人の失業者に対して求人件数が2件に達するほど人手不足が顕在化して、賃金コストアップが加速する事態を想定しての苦肉の試算である。
これまでは、雇用統計発表のたびに雇用者数増加を歓迎する発言を繰り返していた。
中間選挙を控えた現職大統領が雇用減を語るのは異例だ。
今回の新型インフレ対応が後手に廻った結果の珍現象といえる。
インフレは一過性と明言して痛恨の判断ミスを犯したパウエル議長の再任を支持した大統領の指名責任も中間選挙では共和党から問われよう。
バイデン陣営のオウンゴールをトランプ氏はほくそ笑んでいるのではないか。
あれほど前大統領に政治的圧力を掛けられていたパウエルFRBの金融政策が、今やトランプ陣営には追い風となるという皮肉な展開である。


そのトランプ氏は、粛々と政治献金を集め、中間選挙激戦区応援に神出鬼没の動きだ。
しかも中間選挙戦が正念場を迎える9月に、QTが本格始動する。
想定される5月6月7月と連続0.5%利上げの政策効果も、9月には点検され、次の一手がFOMCで論じられる流れになっている。
その時点で、インフレが制御できず依然高水準を維持となれば、更に強力引き締め断行を強いられる。
1日にデイリー・サンフランシスコ連銀総裁は経済テレビに生出演して「インフレ退治のため、出来ることは何でもやる」との強いメッセージを発した。
同氏は、女性初のFRB副議長となったブレ―ナード氏の対抗馬とされた女性地区連銀総裁で、ハト派の主導格であった。
これが、その人物の発言か、と市場も耳を疑うほどのタカ派への変身ぶりである。
危機感を強めるバイデン氏は、寄稿文に続き、ホワイトハウスにパウエルFRB議長とイエレン財務長官(前FRB議長)を招き、これも異例の3者会談を行った。
FRBへの政治的介入はせず、と強く語っているバイデン氏だが、市場の視点では、どうみても政治的意図がちらつく。
3者会談で名案が生まれるはずもなく、結果的には、インフレを持て余す実態を晒す如き成り行きとなった。
市場にはインフレ・ピークアウト説も流れる。
FRBが最も重視する米個人消費支出(PCE)インフレ率が5月27日に発表されたが、2月5.3%、3月5.2%に続き4月4.9%と2か月連続で微減を示した。
既に消費者物価上昇率も年率8.3%で8か月ぶりに鈍化している。
ニューヨーク連銀による「米消費者の1年先の期待インフレ率」も家計のインフレ実感度として重視されているが、これも中央値で0.3ポイント低下して6.3%と微減した。
更に、1日発表のベージュブックでも地区連銀レベルでインフレ鈍化の前兆傾向が明記された。
それでも、絶対値は依然高水準なので、「要経過観察」である。

なお、ホワイトハウスでの3者会談後に、イエレン氏がCNNに出演して「インフレについての判断を誤った」と告白したことも市場の話題になった。
FRB議長経験者として、誤ったのはパウエル氏だけではない、との友情援護射撃だったのか。とはいえ、財務長官もFRB議長も読みきれないインフレの根深さを国民に印象づける結果になっている。
更に、1日には、米国銀行界のオピニオンリーダーであるダイモンモルガンCEOが「FRBとウクライナ由来で最大級となる可能性があるハリケーンに備えよ。我が社も様々な備えを強化している」と警告を発した。
原油価格が150ドルから175ドルに急騰するとの予測まで語った。
同氏は5月23日の投資家向け説明会で「強い経済に嵐を呼ぶ雲が浮かんでいる」と語り話題になったが、「あくまで雲であり、霧散する可能性もある」として楽観シナリオも含ませていた。
それが僅か10日で、この豹変ぶりが不可解だとウォール街では訝られている。
市場では流動性不足が懸念されるが、貨幣の流通速度は改善傾向という楽観的指摘もある。


かくして金価格も不確実性が強まる中で連日乱高下を繰り返している。
市場最前線のトレーダーたちは、QE(量的緩和)依存症という後遺症を引きずり、QT開始で流動性の点滴を外される如き錯覚に陥って鬱を発症しかねない潜在患者がウォール街では増えている。
マーケットが精神不安定状態から脱するまで、まだ時間がかかりそうだ。
なお、ロシア国債のデフォルトは、もはやサプライズ性もなく、金価格変動要因にはなっていない。
円はやはり再び130円台をつけている。