日本のビジネス界では、日経が書けば、話題になる。
同様に、NY市場では、ウォール・ストリート・ジャーナルが書けば「あのジャーナルの記事を読んだか」と注目される。
12日には、同紙に「日本に岸田ショック療法は不要」と題する記事が載り、日本株がセルサイド(販売業界)日本株デスク限定からウォール街での昼食時の話題として広がった。
記事の要旨は、以下の通り。


日本は所得の不平等差の指標であるジニ係数が0.334と英米よりかなり低い。
少子高齢化と長年の低成長の国、日本の経済に必要なのは、所得再配分より成長と生産性を改善する政策であろう。
日本の企業がかかえる2兆ドルを超す現金の山はコロナで更に「モンスター規模」に達している。
ここは、競争環境とガバナンスを改善して生産性の高い投資を促進することが、企業に賃上げを強いる手法や、直接的に所得を再配分する政策より効果的ではないか。


日本株は「アベノミクス」が始まった2012年から、アジアで最大のパフォーマンスを実現している。
一株当たり収益も伸び、トピックスは倍以上になった。
外国人株式保有率も2012年26.3%から今年は30.2%にまで増加している。
これは、コーポレート・ガバナンスや投資家寄りの規制環境による。全体的なガバナンスの見直しの動きはスローだが、進捗は実現している。
もの言う株主の数は増えた。企業は自社株買いや株式持ち合い解消に動いている。
しかし、賃金上昇は遅々としたペースなので、岸田首相は、「新資本主義」として所得再配分を訴えているのだ。
投資に課税する案は当面棚上げして、賃上げした企業に優遇税制で報いる考えのようだ。


以上


このような内容の記事なので、「岸田ショック療法は不要」という見出しがついているわけだが、基本的に日本株についての評価は好意的といえる。
これまで話題にもならなかった日本株の見直し・再点検を促す効果はありそうだ。
特に筆者が注目するのは、米国公的年金など良質な長期投資マネーへの影響だ。
米国の州ごとの公的年金の世界は、日本同様に「横並び」意識が強い。
複数の州公的年金が動けば、その流れに追随する傾向がある。
背景として地方公務員出身者が多いことも挙げられる。
特に米国最大規模のカルパース(カリフォルニア州職員共済年金基金)は、業界内で主導的立場にあり、ここが動けば、他の州も一斉に追随する傾向がある。
今回のような記事が増えれば、公的年金基金の間でも話題になり、日本株を売買する所謂「外国人投資家」の質的変化のキッカケになりうるだろう。
既に以前から日本株を運用対象に組み込んでいることを公表しているカルスターズ(カリフォルニア州教職員退職年金基金)の事例もある。
全米第二位の運用規模を持つ同年金CIOのエイルマン氏は、積極的にメディアで発言することでも知られ、来日して講演したこともある。
年金の買いは一回あたりの額が地味だが、総額ベースでは、かなりの規模になる事例が多い。
「試し買い」程度では、ポートフォリオ全体の国際リスク分散効果が出ないからだ。
かくして「岸田ショック」が、週ごとに発表される「外国人売買動向」統計に左右される日本株相場からの脱却のキッカケの一つにでもなれば、相当の役割は果たしたことになろう。


なお、金ETFも、そもそもは、カルパースCEOを9年務めた後に、ワールド・ゴールド・カウンシルCEOにリクルートされたジェームズ・バートン氏の発案による金融商品だ。
金という資産を裏付けにしたETFなど、全く考えられない頃に、管轄のSEC(証券取引委員会)にこの商品案を持ち込んだとき、なんだ、これは、という抵抗感が極めて強かった。
筆者も金の専門家としてSEC詣でに駆り出された。
そして1年半かけてようやく上場に持ち込んだものの、最初は鳴かず飛ばず。
それが、州の公的年金が買い始めたことで、急速に横並びで拡散した。
取引量も残高も、いきなり、急増したのだ。いわゆるブレークスルーだった。
それにしても、その金ETFが、やがては株式指数SP500に連動する代表的ETFを抜く規模にまで化けようとは、思いもしなかった。
筆者にとっても感慨深いプロジェクトであった。
米国年金業界とも人的ネットワークが出来て、独立後は、株関連の外国人投資家動向を見るうえで貴重な情報源にもなっている。