恒大危機、救済される人、されない人

恒大集団の債務処理については、様々な情報が市場で乱れ飛んでいる。その過程で、徐々に、具体的シナリオの概要程度は浮かび上がってきた。

基本的に「共同富裕」が掲げられているので、「大きすぎて潰せない」というロジックはもはや通用しない。とはいえ、無秩序なデフォルトは、インフラ不動産セクター主導で成長してきた地方経済に破壊的影響を与えかねない。

 

そこで、現実的選択は「管理されたデフォルト」というシナリオになる。まず、司法も中国共産党の支配下にある国ゆえ、債務処理も恣意的に操作できる。

恒大集団の場合は、債権者がプロの機関投資家から理財商品を掴まされた素人投資家集団まで多岐に亘るので、債務返済の優先順位が重要になる。

まず、恒大集団発行の社債保有者については、「ハイイールド債」のリスクを承知のうえで、相対的に高いリターンを追求したので、容赦なく扱われ、救済されないであろう。

 

対して、理財商品の購入者は個人投資家が主体なので、彼らの不満が鬱積すれば社会不安を生じかねない。これは中国共産党の最も嫌うところで、なんらかの救済措置が採られよう。そもそも、シャドーバンクが組成して、恒大集団の関連事業に投資して、年率7%以上を享受できる立て付けだが、その運用先は闇の中だ。リスク開示(ディスクレ)の類もない。個人投資家の金融リタラシー欠如も大きな問題点だが、緊急を要する今、そこまで拘っている余裕はなかろう。但し、SNSや路上で、個人投資家が集団となり声を上げて鬱憤を晴らすごとき行動は言論規制されよう。みせしめ的に、恒大会長が、政府主導の「次の中国人富豪叩き」の標的になるかもしれない。

 

更に、最優先に救済されそうな債権者が、例えば2年後受け渡し条件で全額前金払いで恒大マンションを購入した人たちだ。その戸数は100万を超す。そもそも、恒大集団は、この前払いで得た資金を新たなマンション建設に振り向けるなど、危うい資金運用が目立った。それゆえ、まず、未完成物件を完成させ、且つ、前払いで支払われた資金は地方政府の信託口座に振り替える作業が優先されよう。但し、マンション購入者には富裕層もいれば、「虎の子」をはたいた一般個人層もいる。たとえば、富裕層子息の受験競争が過熱して、有名校の学区内の不動産物件には高額のプレミアムがつくほどだ。このような事例は「共同富裕」の理念からは救済できまい。かくして、個人債権者も振り分けされよう。更に、建設を請け負った下請け業者の保護も必要だ。

 

いっぽう、社債保有者には厳しいヘアーカット(債券価値の削減)が課されよう。但し、大口債権者の多くは国策銀行なので、不良債権急増による信用不安は回避できる。筆者は、国策商業銀行の外為・貴金属部門のアドバイザリーも現地で経験した。商業の中心地、上海の分行では、幹部の眼は常に北京に向いている。名刺の肩書も、行内の職務より、併記される行内共産党委員会の序列のほうが重要視される。行内会議でも、殆ど発言しない序列高位者が常に睨みをきかせている。

ドル建て社債保有者の外国人機関投資家は既に欧米大手金融機関の名前が挙がっており、国際基準に従った処理が行われよう。最大級の不動産企業デフォルトとなっても、総額が2兆円相当程度であり、レバレッジもかかっておらず、リーマン級の信用収縮連鎖は起きないと思われる。唯一、アジアのハイイールド市場は激しく動揺している。カネ余りのなか、少しでも高いイールドを追求した結果であり、そのリスクは甘受せねばなるまい。

 

筆者が最も懸念するのは、不動産価格に依存する地方政府の財政問題だ。具体的には、「地方融資平台」が地方政府から土地を買い受け、更に巨額の地方債を発行して、インフラや「箱もの投資」を行い、地方政府レベルでのGDP競争に明け暮れてきた。恒大集団も地方政府から土地払い下げを受けてきた。

恒大集団危機が、中国不動産価格の更なる下落を誘発すれば、地方政府の累積債務悪化は必至だ。その規模について正確な統計はないが、円換算で少なくとも数百兆円台に膨張していると推定される。恒大集団の30兆円規模の債務とは桁が違う。この問題こそ「大きすぎて潰せない」。恒大集団危機は、地方での債務処理の過程で、地方融資平台問題の実態を浮かびあがらせることになりそうだ。

 

金への影響だが、リーマン級の危機にはならないので、金価格は1750ドル前後で推移している。「共同富裕」構想のなかで、富裕層の金保有に規制がかかる可能性が懸念される。現在の金価格水準は、恒大危機がアジアのハイイールド市場に限定されることを織り込んだ水準といえよう。

 

なお、写真は25日「日経プラス9サタデー」出演時。

テレビ出演する豊島氏
テレビ出演する豊島氏
テレビ出演する豊島氏