イラン暗殺事件、バイデンを試す、地政学的リスクも
イラン国内の核開発「育ての親」と言われるフセン・ファクリザデ氏の暗殺が、米国の政治空白期に起こった。次期大統領就任式まで、あと50日間は、二つの異なる米国対中東政策が共存する異例の事態となっている。バイデン陣営は、イランに対して警戒的姿勢を維持しつつも、イラン核合意復帰を視野に、交渉に応じる構えだ。いっぽう、トランプ陣営は、これまでの対イラン敵視政策を規制事実として次期政権に引き継ぐスタンスを明示している。暗殺事件勃発後、間髪入れずに、トランプ氏の娘婿で腹心のクシュナー氏をサウジアラビアに派遣した。同氏は、サウジのムハンマド皇太子とはSNSで連絡を取り合う仲とされ、トランプ政権の中東政策では中心的役割を果たしてきたキーパーソンだ。11月22日には、イラン敵視政策を軸に、ポンぺオ国務長官同席のもとで、ネタニヤフ・イスラエル首相とムハンマド皇太子の歴史的対談を実現させた。その直後の暗殺事件だ。しかも、イランで1月2日は、米軍の空爆でイラン革命防衛隊のカセム・ソレイマニ司令官を空爆で死亡した命日にあたる。
今回の暗殺にはイスラエル関与の可能性が指摘され、イラン・イスラエル両国間には一触即発の緊張感が走る。
イラン国内の反応は、トランプ憎しの強硬派と、バイデン経済制裁解除期待の柔軟派に二分される。サウジ対イラン代理戦争の様相となっているイエメン内戦も国民感情を刺激している。
かくして大統領就任式までの米国中東政策は「漂流状態」となった。50日間の政治移行期は長い。挑発的行動が、ミサイル発射など偶発的軍事接触を誘発するリスクがある。ソマリアやアフガニスタンに籠るテロリスト集団にとっては、格好の攻撃ターゲットになりかねない。政治的に極めて危険な綱渡りだ。
「火薬庫」と言われる中東の地政学的リスクには慣れている市場も、今回は、異常な大統領交代期に生じたことで、無視できず、身構えている。基本的には、どの関係諸国も軍事衝突など望むところではない。そのなかで中東不安定化という難題を次期政権に委ね、あわよくば2024年大統領選再選への意欲も隠さないトランプ氏の言動にはマーケットも神経質にならざるを得ないのだ。
有事の金にはクールになった金市場でも、仮に、イラン対イスラエルの偶発的軍事衝突にサウジも無視できず、との展開になれば、最悪、サウジも対抗的に核軍備のシナリオも絵空事とは言えず、2021年の地政学的リスクとして意識せざえるを得まい。
なお、短期的には感謝祭休日中の薄い取引時間で、金は1780ドル台まで続落した。これ以上下がると、短期的には1600ドル台もありうる。中期的には2021年に再び価格上昇トレンドが見込まれるが、その前に、現価格帯の値固めが必要なことは前回、本欄で述べた。