「インフレ」というと、シニアの世代には70年代オイルショック時のインフレ体験があるので、既視感があるのですが、40代より若い世代になると、社会に出てデフレしか知らないから、インフレといわれても全くピンとこないものです。世代間で溝がありますね。その死語同然のインフレ懸念みたいな言葉が市場で散見されるようになりました。金市場でインフレヘッジなどという表現が使われるのも何十年ぶりのことか。その背景について今日の原稿で詳述します。

以下本文

「バーナンキさん、バランスシート縮小という仕事を、やり残しましたよね(笑)」

(バーナンキ氏)「あなたが引き継いでくれて助かりました(笑)」

振り返ると、数あるイエレン発言の中で、筆者の印象が最も強かった一言だ。

発言の場は、2016年4月7日、ボルカー、グリーンスパン、バーナンキ、イエレンというそうそうたる米連邦準備理事会(FRB)現元前議長たちが一同に会したシカゴでのフォーラム。冗談めかして笑顔で語ったが、本音であろう。バーナンキ前議長はばら撒くだけばら撒き、自分はその後始末、との思いがにじむ。

「リーマンショック後の有事対応として実行された非伝統的金融政策の正常化に向けて道筋をつけた。実績は、利上げを5回とFRB資産縮小開始」

後世の教科書には、このようにイエレン氏は名を残すことになりそうだ。

心残りは「インフレ」だろう。

自ら「低インフレはミステリー」と語ったが、任期最後のFOMC声明文には、「インフレ、今年は上向く」の一言を盛り込んだ。生粋の中央銀行家イエレン氏の矜持が伝わってくる。

その「インフレ」問題をパウエル氏が引き継ぐ。マーケットでも旬のテーマとなってきた。

「インフレ期待の高まり」であれば、市場は歓迎する。

しかし利上げが後手にまわり経済が過熱する「インフレ懸念」となると、金利急騰リスクが生じる。

昨日のFOMC声明文発表後、市場では今年の利上げ4回説が目につくようになった。

トランプ大統領が施政方針演説でぶち上げた巨額インフラ投資についても、完全雇用に近く、好調な米国経済に、減税・インフラの財政刺激を加えると、原油高環境の中でインフレ率が2%程度で収まるのかとの「インフレ懸念」が指摘される。

インフレといえば「インフレヘッジ」として引き合いに出される金の価格が、利上げという逆風の中で高止まりしていることも示唆的だ。

外為市場でも名目為替レートより物価調整後の実質為替レートがより重要視されるようになる。

株式市場でも、「インフレ期待」であれば、賃金増も期待され、全般的に株高期待が膨らむ。いっぽう、「インフレ懸念」となると金利上昇加速という逆風を織り込まねばならない。

イエレン氏が残した課題に、市場は向き合うことになる。

後年、今度はイエレン氏がパウエル氏に向かって「あなたが引き継いでくれて助かりました」と語ることもあるかもしれない。