WGCが昨年通年の金需給統計を発表した。
まず断っておくが、金の需給統計を正確に捉えるのは不可能だ。
これはWGCも脚注で推定を含み、不透明な要因が多いことを明記して認めている。
一国の例えば年間宝飾需要を1トン単位で把握しようとしても、密輸などの「非公式」ルートで持ち込まれた金の量まで正確に分かるはずもない。
使用量も申告ベースだ。
更に、金塊は溶かしてしまえば、生産者を特定はできない。
しかも、年間需給統計は事後的(ex post)に、需要量と供給量が同じにならなければならない。
しかし、精度が高いデータ、例えば、上場している金鉱山会社の生産量、IMFに報告される公的金購入量、上場している金ETFの残高などをまとめると、必ず、総需要と総供給に差(residual)が出る。
それを主として「投資需要」の「OTC」(インターバンクの相対取引)という項目に入れて調整している。
WGCも、OTCはopaque(不透明)だと認めている。
それやこれやで、金需給統計は、おおまかな傾向が分かればよい。
そこで、2023年の需給統計だが、年間供給量は鉱山産金量が3,644トン。二次的供給源のリサイクルが1,237トン。
いずれも歴史的に高い水準だ。
それでも金価格は歴史的高値圏にある。
その理由は、需要量が高値にもかかわらず増えたからだ。


まず宝飾需要は2,092トン。特にインドが562トン。中国が630トン。
いずれもこれまでは、安値拾いに徹していた二か国で、高値にもかかわらず、これだけの量が買われたことは特筆に値する。
人民元安も進行したから中国の国内金価格は円安の日本と同じく極めて高い水準にあった、にもかかわらずだ。
但し、さすがに今年は、2,000ドルを超えると、中国経済の悪化もあり、実需は減る可能性があると記している。
逆に、リサイクルは2,000ドルを超えると、急増は必至だ。
高値をつけた後で、反動で下げ始めると、リサイクルがドサッと持ち込まれる傾向がある。
そして、opaqueなのが、民間セクターの投資需要。
金ETF残高が244トン減っているのに、金価格は上がった。
投資需要の総量ベースでも、前年の1,113トンから945トンに減っている。
そこで別途項目として登場するのが不透明とされる「OTC and other」。
ここが450トンも急増している。
その実態だが、例えば、超富裕層が金を数トンまとめ買いすると、そのたびに、金塊を自宅に持ち込むわけではない。
資産運用を頼んでいる大手金融機関に預かってもらう。
その金融機関も、顧客の売買ごとに金塊の受け渡しを行うわけではない。
ロンドンのHSBCなど大手金取り扱い銀行(bullion bank)の大金庫に保管してある自行保有の金塊の中から、当該の数トンを顧客名義に変えて分別保管する。
顧客の売買のたびに帳簿の貸借記で処理するのだ。
その間、金塊はロンドンの大金庫(写真添付)に眠ったままだ。

 

ロンドンの大金庫にある金塊

説明が長くなったが、富裕層を中心として現物の金買い(OTC)が増えたわけだ。
金ETF残高が減ったのは、世界的に短期売買で金ETFが使われる傾向が顕在化しているからだ。
日本でもネット証券系では短期売買で使われている。
とはいえ、世界の年金基金が金ETFを購入して長期保有する傾向は変わらない。


そして、ここからが、23年金需給の最大のハイライトだよ。
それが、中央銀行の金購入。
1,037トンを記録した。
前年の1,081トンからは微減だが、外貨準備として超長期保有されるので、金価格の強力な下支えになるわけだ。
筆者がよく使う表現だと、中央銀行セクターが年間産金量の1/3を買い占めている、ということになる。
おそらく今年も、この項目は1,000トンを超すと思われる。
仮にトランプ再選ということにでもなれば、世界の多くの国が、自国ファーストという傾向が強まり、外貨準備のなかで、発行体のない無国籍通貨とされる金の配分を増やす可能性が強まりそうだ。
但し、今年の金価格形成においては、2,100ドル超えで、リサイクルが増え、ジワリ相場の頭を打つ可能性に目配りが必要。
顧客一人の金売却量は少ないので日々の出来高ベースでは目立たないが、通年で1,300トンを超える可能性はある。
更に、アフリカ諸国の金生産が急ピッチで進行しているので、これも供給増となる。
貧困国にとって、金鉱脈はまさに「お宝の山」ということになり、政府主導で開発が進むであろう。
筆者は、生産量ピークアウト説を唱えてきたが、昨年の状況を見るに、年間3,600トン程度は続くと見方を変えた。
アフリカや環太平洋火山帯には、まだ、未開発の金鉱脈が残っているかもしれない。